mogu bookとは

1冊の本がすごく気に入った時に、この本を読んだ人と話したいなと思うことがありました。
誰かと本について話すことで、その本をより深く(よく噛んで=mogu)読めるのではないかと考えています。

「引用の共有」
これまで言語化できなかった自分の考えが、引用文を通して立ち上がり、更に他の人と「引用の共有」をすることでいろんな角度から考えることができ、また自分で考えることができます。

mogu bookについて

2015年03月10日

[レポート] 本棚旅行「とほん」 -「あなたの本」を探そう -

本棚旅行「とほん」 -「あなたの本」を探そう -

店主(!)含め、6人の方にご参加いただきました。

■探索する
■「旅行記」を書く
■発表(シェア)する

の3ステップで進めました。

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事前に打ち合わせをしていて、店主砂川さんに、
菅啓次郎「本は読めないものだから心配するな」という本に、「書店の本棚はみんなつながっている」という
文章が載っていると教えてもらい、
「とほん」さんの本棚を「旅行」する、と言いつつ、これはどこかにつながる「入り口」を探しているということなんじゃないんですかね! という話をしていました。

(菅啓次郎さんの本は私も好きで読んでいたので、本を旅する感覚の共通点を見つけた気がして、この企画を「とほん」さんで実現できてよかったなと)

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■探索する

自己紹介のあと、まずは本を探しに。本棚を全部見るつもりで、探してもらいました。
自分でやってみて、普段、本屋さんで、「自分の知ってる/持ってる本は見ない」「変化があったところしか見ない」ということを無意識にしているのだなということに気がつきました。
「読んだことのある本を本屋さんで探す」というのは、日常的な行為じゃないんだなと。

「本棚を全部見る」ということで言えば、この企画が思い出されました。
「 ブック・オン - 一日で書店の本棚を全て見る - 」|余所見

(数日前に下見したときより、本が増えていて、店主の本気を感じました。)

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■「旅行記」を書く

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みなさんが、真剣に読み始め、静かで集中した時間が流れました。本屋さん(の隣のレンタルスペース)なのですが、図書室みたいな空気に。
「旅行記」を一時間ぐらいかけて書いてくださいました。3-5冊選んでいただきましたが、書くのは3冊が限度という方が大半。

■発表(シェア)する

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3冊ずつ発表していただきました。

「とほん」さんの本の中から、なぜその本を選んだのかというチョイスやお話から、その人の背景や価値観が垣間見える感じがします。食べ物の本ばかり選ばれた方も。店主が詩がお好きとのことで、詩に関する本がわりと多く、みなさんも1-2冊ずつ詩集や詩人の本を選ばれたことに、後になってから気がつきました。

それぞれにもうちょっと突っ込んでお話をお聞きしたかったな、と思いましたが、それをやると4時間コースになってしまうかも…。

店主砂川さんの「旅行記」(画像クリックで拡大)
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八番筋カウンシル (朝日文庫)

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えーえんとくちから 笹井宏之作品集

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読んでいない本について堂々と語る方法


みなさんの「旅」の結果。
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イベント後に、「とほん」さんに伺いまして、本棚でみなさんの本を探しました。
その人の話と気配をまとった本が、目に飛び込んでくる、という感じがありました。

すぐ読みたくなる、欲しくなる、というよりは、手に取ったり、図書館で借りてみたりしていつか、同じ本か、そこから派生して別の本を買うかもしれない、と思いました。
これが、事前に考えていた本が「入り口」になるということではないかと思います。

実際、私自身も手持ちの詩人の本を読み返したり、図書館で借りたりするようになっています。
参加された方に、後日談をいつか聞いてみることができれば。


posted by サトウアヤコ at 18:49 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月08日

[レポート] mogu book「コミュニティと自分の立ち位置と"内的難民性"について考える」(「コミュニティ難民のススメ」)

1月10日開催の、
mogu book「コミュニティと自分の立ち位置と"内的難民性"について考える」(「コミュニティ難民のススメ」)
レポートです。

4863240805コミュニティ難民のススメ ― 表現と仕事のハザマにあること ―
アサダワタル
木楽舎 2014-12-01

by G-Tools



■参加者
イシワタ、釜中、タカハシ、宮崎、茂木(兼記録)、サトウ(兼主催)

■時間
13時から17時ごろまで

■流れ
「関わるコミュニティと自分の立ち位置」を描いてもらいました。
自己紹介と、参加の理由、本を読んで一言コメントをもらったあとに、
あらかじめ付箋を貼るなどしておいてもらった、本の中のぐっときたところ、気になるところを、カード(引用/自分の考えたこと)に書いてもらう時間をとりました。
その後、そのカードについて1枚ずつ話をする形で進めています。


茂木秀之さん(蛇口文庫)に、記録と編集をお願いしています。


A4にして8ページの長さがあります。PDF(400kb)を用意しましたので、こちらもご利用ください。

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自己紹介のなかで


−− 自己紹介のなかで、本の感想や参加した理由を簡単に話してもらいました。

釜中 本の中に「否定」がないのがアサダさんらしい。

タカハシ 誠実な本だと思った。普段言っていることが本になっている。

宮崎 「コミュニティ難民」という言葉が気になっていた。2010年のラジオでアサダさんが言っていたのを聞いたのが最初。こういうことを思っている人が他にもいて、仲間がいるということがわかっただけでも大きいこと。
 本の内容が「仕事」にフォーカスしているのは意外だった。本になった時点で違う印象を受けた。
 自分の問題は「仕事」にとどまるものじゃない。たとえば、名字にも揺れがある。元の名字、結婚して変わった名字、ペンネーム…

茂木 自分の難民ぶり(居住地・仕事・関心分野が定まらない)に困ってきた。ある面では対立するコミュニティの、両方が理解できる、どの立場にも立てないということがあった。アサダさんが旅芸人や漂泊者のことを参照しながら、越境する人に意味を与えようとしていることが気になっていた。本の内容からは、アサダさんは漂泊民のような切実さがあるわけではなく、少し余裕のあるところからそれらを参照しているだけという印象を持ってしまう。本は「働き方」に寄った内容だから、余計にそう感じるのかもしれない。でも漂泊者の切実さのような要素も入っていると思うで、それを掬い上げたい。

イシワタ よくぞ書いてくれた! と思った。
 美術をやってきたけど、作品づくりそのものは収入につながらないことも多く、収入源は別のことに頼りながらやりくりしてきた。それは「仕事か趣味か」という切り分けを越えて全体としてつながった、自分なりの折り合いのつけ方だった。でもいま住んでいる田舎ではそもそも仕事というものの種類が少ないし、「お金を稼ぐことが仕事でそれ以外は趣味かボランティア」という説明でないとわかってもらえない。だからこそ何かを「仕事」にしないといけなくなった。今までは何にも属していないことがアイデンティティになっていたけど、今それは通用しない。
 普段そういう環境だから、こうして場に出てこないと話をして考えをまとめる機会もない。
 男女の違いも気になる。女性は結婚していると無職でも許されるという面もある。仕事への所属感をどう考えるかに違いがありそう。

サトウ 自分は姓が変わってそれ以前の過去と一旦切れたのが正直うれしかった。
 自分は<小舟>じゃなく<水>。パフォオーマンス性がないから<小舟>はしんどい。
 本に出てくるプロジェクトにも関わっているものがいくつかあるけど、自分は表に出てこない。そこに<小舟>と<水>の違いを感じる。
 本に出ている何人かが、名乗りに「芸人」を使っているのも気になる。パフォーマンス性の高さが表れている。

−− 本の中で、仕事の専門領域としての「コミュニティ」が一つに定まらず、複数のコミュニティの<島>を行き来する「コミュニティ難民」を<小舟>にたとえています。同じように<島>と<島>のあいだにいても、<小舟>のように表には現れない<水>のような存在もある、とサトウさんは感じています。


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カードを書いてから話したこと


やることがバラけるのは「結果」



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イシワタ 批判を承知のうえで、多くの人に届かせるために「難民」という言葉を使っていると思う。反論や批判であっても、そこから話がはじまればいいと思ってるんじゃないか。本に共感する人だけで話してほしいとは思っていないはず。
 いろいろなことをやりながら生きていくこと自体をススメているわけじゃない。コミュニティ難民的な生き方に憧れて、そうなろうとする人が出てきてしまうとちょっと違う。

サトウ 本に出てくる人は勘がいい。感度のよさと、それを守り続ける力がある。自分に足りないものだと思う。自分にとって大事なことや違和感を、守り続けた結果やることがバラけてるのであって、狙ってバラけさせるのは違う。

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「関心の構造」を見て人をつなげる



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釜中 アサダさんらしい感性。全体的に、アサダさんこういう人やんなあ、と思いながら読んだ。
 勘違いしてコミュニティ難民に憧れる人が出てきても、ほっとくしかないんじゃないか。そこまでフォローできない。

タカハシ (同じ箇所について)「時間」を扱うミュージシャンならではの感覚だと思う。

(仕事の話をしました)

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茂木 いつも「関心の構造」を見てるんだと思う。だから、職種で考えると関係ないんだけどこの人はここに向いてる、ということにパッと気づいて紹介してくれる。

サトウ 社会学で「弱い絆の強さ」という概念がある。業界などのしがらみのない付き合いの人の方が、いい仕事を紹介してくれたり、いい情報をくれたりする。


−− 本の中で、「趣味はテニスです」というような、対象になる“モノ”を中心にした捉え方ではなく、どうしてそれが好きなのかという“好きのなり方の感覚”や“関心の構造”と呼べるもの、すなわち“モノ”でなく“コト”を中心にした関心の捉え方をするのが、コミュニティ難民の特徴であると述べられています。
 「弱い絆の強さ」という概念の背景には、職種や業界が違うとこのような関心の持ち方をしやすいということがあるのかもしれません。



表れていなければ「やっている」ことにならない?



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宮崎 ここだけは、それを言っちゃっていいのかと思った。
 どうしたらそれを「やってる」と言えるのか。周りから意識されるような表れかたをしていないと「やってる」と言えないのか。
 いろいろなことをやっていると散漫だと思われてしまう。それぞれがつながってるのに。
 短歌は長くやっているけど、所属もしきれない。短歌業界では結社に所属していることが前提になっている。そうはなれないけど、じゃあ本気じゃなくて趣味なのかといわれると違う。

サトウ 仕事/趣味じゃなくて、(ハンナ・アーレント「人間の条件」の)「労働・仕事・活動」という分類だとまだすっきりするかも? mogubook も趣味なのか仕事なのかと聞かれてしまう。どちらでもなくて「活動」だと言ったことがある。

人間の条件 (ちくま学芸文庫)人間の条件 (ちくま学芸文庫)
ハンナ アレント Hannah Arendt

by G-Tools


宮崎 短歌というシステムがあることで救われてきた。だから短歌のためになることをしたいけど、業界内で盛り上げたいわけじゃない。共同体ありきなのは違う。

サトウ 短歌との関係は濃密だね。


−−一般に、何か活動をする、何かを学ぶということになると、その分野のコミュニティに所属することが前提とされるようです。所属することで、本気で「やっている」と見なされる。そうではない表れ方を、本の中で「埋め込まれた表現」と呼んでいます。たとえば元DJが営む宿が紹介され、そこでは宿の運営の端々にDJ的な感性が感じ取れるというのです。これは宮崎さんの問題意識にとって、ある程度は答えになっていそうです。しかしここでは、もうひとつ踏み込んで、そもそもやっていることが「表れる」ことは必要なのか、という疑問が提出されているように思います。



小島や空母をつくる/水の中で暮らす



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茂木 よくわかるんだけど、こう言えるのは、はっきり音楽がベースにあるからだと思う。ベースがないと、あえて「しない」ということもできない。

サトウ ベースがないなら、もう自分でマイ島をつくるといいのかもしれない。私はmogubookや日常記憶地図をやりはじめてから近い感覚の人が見えるようになった。

茂木 尾道でスペースの準備をはじめたとき、それはすごく感じた。感覚が近い人たちが集まってきて、見えるようになった。(以前、広島県の尾道に住み、蛇口文庫という本屋のような場所をつくろうとしていた。)

サトウ スペースは小島みたいなものになるのかな?

宮崎 空母みたいな?移動もできるような。かじこ(岡山にて期間限定で運営された滞在型アートスペース)が終わってたみ(かじこの運営メンバーが鳥取で始めたゲストハウス)ができたみたいに。

サトウ 「かじこ」「うかぶ」(たみの運営メンバーによる合同会社「うかぶLLC」)も舟で漂うイメージ。2010年にそう言ってたのは今思えば早かったと感じる。

イシワタ はっきりと何がベースと言えなくてもいい。ジャンルに当てはまらなくても、自分固有の履歴を堂々と言ったらいんだと思う。


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サトウ 「海面下に潜る」という話が出てくるけれど、そもそも自分が<水の中>にいる気がしている。

<小舟>の人と親和性が高い気がするけれど、自分は<小舟>の人ではない。
水中の方が心地よく、必要に迫られて海から顔を出すと息が苦しいので戻りたい。
誰かが潜ってきた時に交流ができる。同じく<水の中>に住んでいる友人がいる感じ。


宮崎 わたしは<水の中>を泳いでる感じ。<小舟>というほど現れてない。泳いでる同士たまたま目が合うこともあるかもしれない。でも止まったら冷えちゃう。


−− 自分でつくる<小島>や<空母>のようなものは、形や場所を変えて漂いながら存在してもいいのかもしれません。一方で、現れずに海中にいる、移動はするけどそれほど現れない、という存在の仕方もありそうです。<島>と<小舟>というモデルは、とても拡張の効くものでした。


家族と「内的難民性」



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タカハシ 音楽をやるという一番大事なことを親が理解してくれない。だから僕はどうにかしようといろいろ考える。親から何も言われない人でも必死になれるのは、僕にとっては不思議。

サトウ 家族がうまくいってたら「内的難民性」を持つことはあんまりなさそう。所属への不安はそこから来ているのかもしれない。


(家族や結婚の話で盛り上がる)


サトウ やっぱりアートみたいな「現れ」が必要?


−− 表面には現れないけれど内面に抱えている難民性のことを、本の中では「内的難民性」と呼び、「コミュニティ難民」を基礎付けるものとしています。家族との関係がうまくいっていない人ほど所属に対する不安感があり、「内的難民性」を持ちやすいのではないか、という話になりました。本では、内的難民性ゆえにコミュニティを越境してしまうことを、コミュニティ同士を架橋する行為として肯定的に読み替えています。しかし、そのように「現れ」ていかないと、「内的難民性」は困難の元でしかないのでしょうか。ここでも、「現れる」ことは必要なのか、という疑問が出てきました。


そのほか、言い残したこと



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釜中 巻末の対談で釈撤宗さんが話している「コミュニタス」がおもしろい。こういう状態を持つようにしたほうがいい。
 そもそもコミュニティってなんだろう?みんな少しずつ違うものをイメージしてる気がする。

タカハシ 「コミュニティに甘えてる」と言われることが多い。自分のチャラさはあえてやってる。翌日自分がヘコまないための工夫みたいなもの。

宮崎 地元に帰ると「田舎が嫌なんだね、都会がいいんだね」といわれる。地元で暮らす気にはならないというだけで、一概に田舎が嫌だとか都会がいいということじゃないのに。

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茂木 いちばん共感して、よく言ってくれたと思った部分。固定的で安定した人間関係が長いあいだ続くのが普通だと思っていたけど、自分にはそういうことがあまりなかった。でも、たとえある程度メンバーが固定された仲間がいても、その関係は変わっていくもので、それが居場所だと思えるのはほんのひと時、なにかの瞬間だけだったりする。それでいいんだと思えた。

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サトウ 本に出てるのは「メタ自分」がいる人たちだと感じた。こういうときはこういう自分を演じている、ということを引いた視点から見ている。自分は「気づかずに演じてしまっている」か「素」のどちらかしかない。
 「弱さの強さ」は使える考え方だと思う。(一見ネガティブな要素がその人の魅力になったり、あるコミュニティでは役に立ったりすることを表した「弱さの強さ」という概念が、本の中で紹介されている。)

−− 最後まで自身に強く引きつけた話が出てきました。少なくともこのメンバーにとっては、自分のことが書いてあると思える本であり、それでいて納得がいかない部分もあり、自分の問題について話したいと強く思わせる本であったようです。

茂木秀之


参加者コメント



「心身とも絶不調でしたが、mogu bookのイベント、そして愛するアサダワタルさんの著作にまつわる、リリース直後しか味わえない湯立つ熱量を、読者同士で共有できてよかったです。みんな、自分のこととして切実に受け止めていて。著者を知る者たち、の割には彼の概念を茶化すことなく真摯に向き合えた時間、これからコミュニティ難民というイメージが訳の分からぬ方向へ進む実感がありました。人のモヤモヤの数に比例して、コミュニティ難民には実質的な幅があるのだなあと。
このイベントの後プロポーズに失敗したということもあり、「家族」という項目が胸をえぐります。」
タカハシ 'タカカーン' セイジ(無職・イン・レジデンス創始者、無職研究室室長/音楽家)



みなさん本の内容を自分の問題に強く引きつけて考えていました。というより本をきっかけにして自分の問題により深く入っていったと言ってもいいかもしれないです。そのとき本の趣旨はもはや重要ではなくて、自分の中に深く入るための入口になってくれるなら著者の言いたいことを理解していなくたっていい。本のよさってそういうところにもあると思います。一人で読んでいるよりもこうして話したほうが、そのことがよくわかって、内容に執着しなくなる、ということを今回のmogubookで発見しました。
茂木秀之(蛇口文庫)


mogu bookを実施して


ひさしぶりのmogu book開催で、濃密な時間をすごせたこと、参加者のみなさんに感謝します。
この本を読んでもやもやと浮かんだことを話してみたいと思ったことを、共有することができてとてもうれしく思いました。

一方で、参加しつつ進行も兼ねるのなら、定員は最大4名(今回5名でした)が、限界だったと改めて認識・反省しています。取り上げることができなかったカードも多くあり、残念です。

参加希望者が数名いらっしゃるので、3月か4月にもう1度開催予定です。

サトウアヤコ

最終更新 2015.2.12


岩淵拓郎さん(編集者/mediapicnic)と「『コミュニティ難民のススメ』に関する往復書簡」もやっています。よろしければこちらもご覧ください。
posted by サトウアヤコ at 17:08 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月06日

[レポート] mogu book「ケアと家族と言語化について考える」on FLOAT「図書室の日」

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mogu book「ケアと家族と言語化について考える」on FLOAT「図書室の日」
実質前日告知だったのに、5人+1人にご参加いただきました。FLOATの「場所の力」に感謝です。
みな、それぞれの切実さを持って来られました。

どなたも来ない想定で、小田寛一郎さんと話す、という予定を立てていたのですが、
急遽、それぞれの参加理由をお聞きしつつ、皆で話すことに。

参加者に多様性がありました。
当事者(これまで、現在、これから)、仕事で関わるひと。
後半、通りすがりのひとも聞いておられました。


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ケアと親とにまつわる、かなり「人を選ぶ」話を、
テーブルの上に並ぶ本とからめながら、進めていくことで、
ここで見つかった共通点や知恵を普遍化していくためのたたき台ぐらいにはなったかもしれない、と思いました。
仕事で関わってるひとが来てくれたのも、違う視点が得られてとてもよかったです。
そして、仕事も守秘義務ゆえに「話せない」しんどさがあることもわかりました。


ある程度共通の経験がないと、聞き手も受け止め方に困ってしまうような話は、
こういう場でないと、やりとりできないように思います。
経験者同士でも、友人間で2人で話をするより、より立場、視点が多様な方が、発見が多くかつ安全であるような気がしました。
こちらは「場の力」とても呼ぶべきものなのかなと思います。


印象に残っている内容はこのような感じです。
「話せないこと」「密室化」「パワーバランス」「ケアの連鎖」
「ふれる/ふれられる」「依存」「当事者性」「後悔」


最後のふりかえり時に、通りすがりにやってきた人にもコメントしてもらいましたが、
今日の参加者とはまったく視点の違う話で、聞けてよかったと思いました。


また、「本を媒介に話をする」ことを実践してみて、
事前に本を読んでくることはハードルが高くても、
話と本の内容がリンクした結果、その本を読みたくなる、ということが起こるようでした。


■媒介となった本
その後の不自由―「嵐」のあとを生きる人たち (シリーズ ケアをひらく)
上岡 陽江 大嶋 栄子
4260011871

ひどい出来事があった後に、どのようにそれと付き合っていくか、について書かれた本。
わかりやすい図解とさっぱりしたイラストが好印象です。


さらさらさん (一般書)
大野 更紗
4591133885

難病当事者のエッセイ・対談集。興味のある項目から一つずつ読んでいけます。


震災トラウマと復興ストレス (岩波ブックレット)
宮地 尚子
4002708152

震災のことに限らず、当事者-支援者の関係性について書かれた本。
環状島という概念がとてもわかりやすく、また薄くて読みやすいブックレット(500円!)です。

posted by サトウアヤコ at 22:47 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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