mogu bookとは

1冊の本がすごく気に入った時に、この本を読んだ人と話したいなと思うことがありました。
誰かと本について話すことで、その本をより深く(よく噛んで=mogu)読めるのではないかと考えています。

「引用の共有」
これまで言語化できなかった自分の考えが、引用文を通して立ち上がり、更に他の人と「引用の共有」をすることでいろんな角度から考えることができ、また自分で考えることができます。

mogu bookについて

2014年04月16日

居場所としての本屋と図書館

大きい本屋も小さい本屋もセレクト本屋も皆同じように好きだ、と書いてみて、なぜそうなのか、と考えてみました。

本を眺めたい
基本的に、移動経路に本屋があれば毎日寄ります。
家族が一緒だと「昨日行った…」とか「さっき行った…」など言われるのですが、
同じ本屋でも昨日と今日は、同じ日でも本屋Aと本屋Bでは、目に入ってくる本が違います。
特に欲しい本がなくても、例えば新書コーナーを見て、今こんな感じが売れてるんだなーとか、
女性誌の特集が重なってるなーとか、無意識にウォッチしています。
そんな中で、たまたま自分の関心と重なる本が目に飛び込んできたらラッキーという感じです。


その空間に居たい
図書館もそうですが、ひとりでそれぞれの時間を過ごしている人が静かに一緒の空間にいるという状況がすごく好きです。
同じ理由で、一人客が多い街中のドトールも好きです。
多くの人がいる中で、一人で過ごせることの自由を感じます。


この2つが今の自分が思いつく理由ですが、そもそもなぜそう思うのか考えてみて、思いだしたことがありました。

「居場所」として
高校時代、学校が好きではなくて、家にもまっすぐ帰れなかった時期があり、
自転車通学の帰宅中に繁華街があったので、そこの大きなチェーン系本屋(21時まで空いている)に小一時間寄って帰るのが習慣になっていました。
ほぼ毎日見てるので、新刊が入るとすぐにわかります。若手作家の小説をチェックしたりしていました。(何冊かは買いました)
覚えているのは、本棚に並ぶ本が、その時自分の思ったことや考えたことをかわりに記憶してくれるような気がしていたことです。

子どもの頃から大好きだった本を逃避に使っているという罪悪感のようなものはありましたが、
短い時間でも、いろいろなことをちょっと忘れて他のことを考えられる、というのが、本を読んでいる時間や、本屋や図書館という空間だったのだろうなと思います。


「居場所」としてはどのように語られているのか、ちょっと調べてみました。

『夏葉社』島田さんと考えた「やっぱり町には本屋が必要です!」 | なりわい承継メディア BUSINESS BATON
「たしかに、そうですね。
本屋は社会の縮図ですから、
世の中を学べるところです。
友達がいなかった僕にとっては、
本屋が居場所でした」
と、島田さん。


人間関係に疲れた人の居場所に――「民間図書館」で生まれるつながり | オルタナS
情報ステーションの岡直樹代表は、「家庭や職場で安らぎや楽しみを見出せなくなった人の疲れた心をちょっと癒せるのが民間図書館です」と話す。



鳥取に定有堂書店という本屋さんがあります。

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セレクトショップとはまた違う、店主の主観がきっちり反映されたちょうどよいサイズの書店で、
中学・高校の時にこんな本屋が近くにあれば、どれほど救われただろうか、と初めて行った時強く思いました。
それこそ、本を介したゆるやかなつながりも生まれたかもしれないです。

posted by サトウアヤコ at 11:45 | 本棚を探して | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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